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大阪高等裁判所 昭和46年(ラ)145号 決定 1973年3月20日

両事件抗告人

橋口熊男

右代理人弁護士

伊勢谷倍生

外二名

第一四六号事件相手方

西角バルブ製造株式会社

右代表者

西角定書

第一四六号事件相手方

長浜典雄

第一四六号事件相手方

伊藤義男

第一四五号事件相手方

田代勝

主文

昭和四四年(モ)第四、四六二号事件の原決定を次のとおり変更する。

抗告人に対し、大阪地方裁判所が同庁昭和四四年(ワ)第五三九八号事件について抗告人に付与した訴訟上の救助により支払猶予した印紙額のうち、金八、四七九円の支払いを命ずる。

昭和四五年(モ)第三二二号事件の原決定を次のとおり変更する。

抗告人に対し、大阪地方裁判所が同庁昭和四五年(ワ)第四八二号事件について抗告人に付与した訴訟上の救助により支払猶予した印紙額のうち、金六、九三七円の支払いを命ずる。

各抗告費用を四分し、その各三を抗告人の負担とする。

理由

本件各抗告の趣旨並びに理由は、別紙<省略>のとおりである。

記録によると、大阪地方裁判所が、頭書の第五三九八号事件について昭和四四年一〇月八日、第四八二号事件について昭和四五年二月一六日、それぞれ抗告人に当時施行の民事訴訟用印紙法による訴訟費用の納付について訴訟上の救助を与える旨の決定をしたこと、これによつて抗告人が支払猶予を得た印紙額は、それぞれ九、二五〇円であること、抗告人は、昭和四五年一月二九日に第五三九八号事件の共同被告であつた相手方伊藤義男に対する訴を取り下げたこと、同裁判所は、両事件を併合して審理し、昭和四六年一月一八日抗告人と相手方西角バルブ製造株式会社(第五三九八号事件被告、以下相手方会社という。)、同長浜典雄(第五三九八号事件被告)、同田代勝(第四八二号事件被告)との間で、相手方長浜、同田代に対する請求の一部を認容し、一部を棄却し、相手方会社に対する請求の全部を棄却し、訴訟費用は、抗告人と相手方会社との間に生じたものは抗告人の負担とし、抗告人と相手方長浜、同田代との間に生じたものはこれを四分して、その三を抗告人の、その余を相手方長浜、同田代らの負担とする旨の判決を言い渡し、この判決は同年二月六日確定したこと、以上の事実を認めることができる。

訴訟救助の制度は、資力をもたないがために裁判を受ける権利と機会を奪われることとなる者をなくし、資力のない者もある者と同様に、自己の権利を主張し実現するため裁判を受ける機会を平等に与えられるようにすることを目的とするものである。それはもとより、訴訟費用支払いの猶予であつて、その免除ではない。したがつて、その猶予がいつまで与えられるものであるかは、実定法規と判度の目的とを勘案して解釈しなければならない。

訴訟費用は、原則として、判決によつてその最終負担者が決定される。訴訟係属中に各当事者が支出する訴訟費用は、いわば最終負担者がきまるまでの暫定支払い、あるいは立替払い的性質のものと考えることができる。訴訟救助制度は、このことを前提にして、将来の勝訴者のために、訴訟費用の暫定支払いを猶予し、受救助者が勝訴して相手方の訴訟費用負担が確定した場合には、国等が猶予した訴訟費用を直接その相手方から取立て得ることとして(民訴法一二三条)、もつて、正当な権利を有しながら、資力がないためにその実現の道を閉ざされる者のないようにすることをその本旨とするものと解するのが相当である。このことは、裏返していえば、実現すべき正当な権利を有しない者、すなわち敗訴して訴訟費用の最終負担者となるべき者は、理念的には、訴訟救助の対象者たりえないことを意味するものである。民訴法一一八条但書に「勝訴ノ見込ナキニ非サルトキニ限ル」とあるのは、単に濫訴を防止するためだけのものではなく、前述のような訴訟救助制度の本質をあらわした規定であると解すべきである。このことは、旧民訴法及びその沿革をなすと思われるドイツ民訴法が、訴訟係属中に受救助者が勝訴する見込みがなくなつた場合をも救助取消原因としていることをみれば、一層明らかである。

してみると、民訴法一二二条は、制度の趣旨に照らし救助対象者たりうる者、すなわち、救助決定の時点で勝訴の見込みなきに非ざる者及び訴訟完結後は、勝訴して訴訟費用の最終負担者でないことが確定した者でも、なお資力を有すること判明しまたはこれを有するに至つたときは、猶予を取り消して支払いを命じられることを定めたものであつて、敗訴して訴訟費用の最終負担者であることが確定した受救助者は、同条の対象外であり、その者は、制度の本質上当然の帰結として、敗訴判決の確定、言いかえれば、費用負担者たることの確定と同時に、資力の有無にかかわらず費用支払いの猶予を受ける資格を失ない、これを支払わねばならないものと解すべきである。

そうでないと、訴訟救助を受けて、裁判を受ける機会を与えられ、その結果自己の主張する権利が認容されず費用負担者とされた者が(ここで訴訟救助の目的は達せられたといえる。)、ただ資力を有しない故にいつまでも費用支払いの猶予を受けうることとなつて、訴訟救助制度の本旨を越え、かえつて不公平な結果を招くことになる。

したがつて、受救助者が最終負担者たることの決定した訴訟費用については、救助決定を取消す必要もなく、ただ猶予されていた費用の支払いを命ずれば足りるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、さきに認定のとおり、第五、三九八号事件で抗告人が支払猶予を得た印紙額は九、二五〇円であり、同事件の被告は三名であるから、被告一名当りに要した訴訟費用(印紙)は各三分の一宛とみることができる。そして、そのうち相手方伊藤に対する訴は取り下げ、相手方会社との間では、訴訟費用は抗告人の負担とされ、相手方長浜との間では、訴訟費用の四分の三を抗告人の負担とされたのである。訴を取り下げたときは、原告の支出した訴訟費用は特段の事情のない限り原告の負担となり、その者が受救助者である場合は、救助決定は効力を失ない、支払猶予された訴訟費用を直ちに支払わねばならない。したがつて、抗告人は、第五、三九八号事件については、支払猶予された印紙額九、二五〇円の一二分の一一に当る金八、四七九円については、すでに訴訟完結した現在これを直ちに支払う義務を有する。また、第四八二号事件については、被告は相手方田代一名であり、同人との間で訴訟費用のうち四分の三を抗告人が負担すべきことが確定したのであるから、抗告人は、同事件につき支払猶予された印紙額九、二五〇円の四分の三に当る金六、九三七円についてこれを直ちに支払う義務を有する。

相手方長浜の負担とされた一二分の一及び相手方田代の負担とされた四分の一については、前述の理により、なお訴訟救助の効果が持続し、これを取消してその支払いを命ずるためには、民訴法一二二条所定の要件が備わることが必要である。しかし、本件記録を精査しても、右要件の存在を認めることのできる資料はない。

以上のとおりであるから、結局二つの原決定は、相手方長浜、同田代の負担すべき部分までも救助を取り消して支払いを命じた点で違法であるが、その余の部分は正当であり、本件抗告は一部理由がある。よつて、原決定を右趣旨に従つて変更することとし、抗告費用の負担につき民訴法九二条を適用して、主文のとおり決定する。

(岡野幸之助 入江教夫 高橋欣一)

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